白い消しゴム

石黒小百合(高2 東京都)


私が彼と初めて会った日、東京では珍しく雪が降っていたのを覚えている。
その日は一日中嫌なことばかり起こって、私は失意のまま傘もささずに町をさまよっていた。金曜日の夜でも何もやることはない。家に帰るのも億劫だ。誰もいない暗い部屋で布団にもぐれば、世界から自分だけが取り残されたような気になり、溢れる涙を自分で止められなくなる。いつからこんな風になってしまったのだろう。思い返せば、幼い頃から人と関わるのがひどく苦手だった。人に優しくされると消えたくなるのだ。相手が善意でやってくれることも、まるで自分が愚かだと哀れまれているように思ってしまう。自分は生きるのに向いていないのだとつくづく思う。今だって、歩きながら涙が溢れてきて止まらない。こんな自分が大嫌いなのに、臆病者の私は死すら選べない。周りを歩く人々が私の顔を見てぎょっとするのを、どこか他人事のように感じる。そんな時だった。
「大丈夫ですか?」
しわがれた低い声とともに、大きな黒い傘が私に影を落とした。こんな状態の私に声をかけるなんて果たしてどんな変わり者かと顔を上げると、そこには上質なスーツとロングコートに身を包んだ老人が立っていた。
「…大丈夫に、見えますか。」
乾いた笑いを浮かべて皮肉を吐く。こういう人間が大嫌いだった。哀れな人間に手を差し伸べ、あたかも自分が素晴らしいことをしているかのように振る舞う。そして世間はそれを称賛する。自分が捻くれたことを言っているのは分かっているが、 これは綺麗な人間に近寄られないための、一種の自己防衛なのだ。しかし、予想外に老人は食い下がってきた。私の顔をじっと見た後、ふわりと笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「コーヒーは好きですか?」

橙の灯りが穏やかに灯る店内で、老人はマフラーをほどき、私にメニューを渡す。
「私が無理に誘ってしまいましたから、お好きなものを頼んでください。」
受け取る際に老人の手が私の手と重なる。冷たくかさついた手だった。メニューを見ると、いつも私が入る店のものとは桁が一つ異なる飲み物がずらりと並んでおり、思わず息を呑む。無意識のうちにその中で一番安いものを頼み、老人も私に気を使ってか同じものを頼んだ。物腰の柔らかい店員が注文を取りに来た後、注文した品が届くまで老人は一言も喋らなかった。私はその空気感がどうにもいたたまれず、老人の誘いを受けたことを心の底から後悔した。ちらちらと老人の様子を目線だけで伺いながら、テーブルの下で爪をいじる。何時間にも感じられたその時間は、店員がコーヒーを運んできたことでようやく終わりを迎えた。老人が飲んだことを確認して私もカップを口元に運ぶ。温かく苦い液体が喉を伝い、胸まで染み込む。
「これを。」
高級なコーヒーの味に浸っている私に、老人は小包を差し出した。そこには細い字で何か書かれており、私はそれを読み上げた。
「…記憶、消去。」
子供だましのようなその文字に、私は笑みを浮かべて顔を上げた。そして、目の前の老人がピクリとも笑わずにこちらを見つめている様子を見て慌てて笑みを引っ込める。老人は私にその小包を開けるように促し、私はその奇妙な圧に怯み言われた通りにした。開けてみると、中には白い消しゴムがこぢんまりと収まっていた。私がそれを手に取ろうとすると、前から老人の手が伸びてきて攫ってしまった。 そのまま無言で弄ぶ様子に、思わず腹が立って声を荒らげる。
「なんの冗談ですか。雪の中で一人ぼっちだった男を哀れんだつもりですか。」
すると老人は、消しゴムを指先で軽く傾け、その角を私に向けた。
「使い方は簡単です。あなたが消したい記憶を紙に書き、こすって消すだけ。そうすればその記憶は消えます。」
少し考えれば戯言だと分かる。しかしその時の私は、耳に入ってきた老人の甘い言葉に縋ってしまうほど人生に嫌気がさしていた。鞄から財布を出し、老人に問う。
「…いくらですか?」
私の問いに、老人は柔らかく笑ってみせた。
「こんなに寒い日に、たまたま出会ってこうして共にコーヒーを飲んでいる。不思議な縁に身を任せ、あなたに渡すのも一興でしょう。」
老人の声色に押しつけがましさがなかったので、私は消しゴムを鞄の奥底にしまい込み軽く会釈をした。老人は何事もなかったかのようにコーヒーをすする。外はすっかり大雪になっていた。

アパートまでの帰り道、私の足取りは軽かった。鞄がやけに重く感じて、大事に胸に抱え込んで歩く。あの後、老人は店で2人分の料金を払い、私の目をじっと見つめてきた。その瞳には哀れみが浮かんでいるように見えて、怖くなった私はもう一度深々と頭を下げ逃げるようにその場を後にした。
真っ暗な部屋を開け、素早く電気をつける。すぐに机に鞄を置き、引き出しから裏紙と鉛筆を取り出す。興奮で頬に血が集まるのを感じた。暖房もつけないまま震える手で鉛筆を握り、紙に文字を書く。
『仕事でミスをして、上司から怒られた』
鉛筆が紙に沈む。文字を見ているだけで嫌な記憶を思いだしてしまい、すぐに消しゴムを角から当てためらうことなく紙に滑らした。ザリ、ザリ、と文字が消える度、心がすっと軽くなっていく。そして全て消え終えた瞬間、胸に突き刺さった鈍い痛みがなくなったのが分かった。その痛みが何だったのか分からず首を傾げ、そして自分が首を傾げたことに歓喜した。
机のそばにゴミ箱を持ってきて、消しカスを捨てる。清々しい気分だった。
次の日の朝、私は電車の窓に映る自分の顔を見つめた。いつもより表情が柔らかい。体を覆っていた無駄な力が無くなり、まぶたの動きにさえ余裕ができている気がした。
その日から私は、私を苦しめる記憶をひとつずつ消していった。文字が消え、消しカスをゴミ箱に捨てる度に高揚感を得て自分のことを好きになった。老人の顔を脳裏に浮かべ、名も知らぬ彼に感謝し、そして彼と巡り逢えた自分の幸運さを喜んだ。その消しゴムの仕組みになんて、何の興味も湧かなかった。それが私の手元にあるという事実だけが大切だった。
私は快楽の渦に沈んでいく。
『高校の入学式の日、自己紹介を失敗してクラス中から笑われた』
『大学受験に失敗して、友人から同情された』
『精神を病んで、恋人に別れを告げられた』
文字にして、こする。ザリ、ザリ。表面の黒が柔らかくなり、白に戻る。いや、戻るという言い方は正確ではない。書く前の白と消した後の白はまるで違う。こすった跡を指先で撫で、ゴミ箱に消しカスを捨てる。消しカスは、ゴミ箱に溜まっていく私の過去は、驚くほど軽い。恋人のことは、少し迷った。彼女と過ごした日々は、必ずしも不幸とは言えなかった。そこには確かに幸せがあった。初めて人と過ごす日々に安らぎを感じた。彼女が笑うと私も笑いたくなった。心が温かくなった。ずっと一緒にいたいと思った。だが、プロポーズをしようと思った矢先に鬱になった。光が、音が、人が怖くなった。カーテンを閉め切った部屋に閉じこもり、彼女の声にすらおびえて、頑なに彼女を拒絶した。彼女は何度も私に手を差し伸べたが、その全てを振り払った。過ごした時間に反して、別れは唐突に、一瞬で訪れる。別れ際、ドア越しに彼女は私に謝った。私は何も答えなかった。彼女を傷つけたのは自分なのに、まるで彼女に裏切られたかのように錯覚し、光のない沈んだ日々を過ごした。彼女の存在は、思っていた以上に私の大部分を占めていた。消しゴムの角を文字に当てる。こすり始めた途端、心がざわめいた。だが、数秒後にはざわめきも薄れる。文字が消えると、彼女との幸福な日々だけが記憶の中に残った。なぜ彼女がこの部屋にいないのか分からず、首を傾げた。

ある晩、私は夢を見た。夢の中で、私は紙をめくり続けている。どの紙にも黒い文字が並んでいるが、内容は読めない。手は止まらない。めくる、こする、集める、捨てる。単純な作業の繰り返しは心地よく、私は鼻歌すら奏でていた。目が覚めると、枕元に消しゴムがあった。私は無意識にそれを握って寝ていたらしい。親指の腹に、薄く黒い粉がついていた。その頃から、私はようやく普通の人間になれた。仕事でミスをしても、心拍数はほとんど変わらない。叱責を受けても、消えたくならない。楽だ。楽であることが正しい。私は、感情の起伏は毒だと既に学んでいた。安全な感情の領域にいる私を、誰も傷つけられない。私は悠々とそこに住む。

次第に、消すものがなくなっていった。嫌な記憶は全て消してしまった。消すものがなくなると、安全圏にいるはずなのに毎晩体の震えが止まらなくなった。私は日常に怯えるようになった。スーパーに並んだ鮮やかな色彩や、帰り道の空気の温かさ、誰かの笑い声。全てが私を攻撃する悪のように思えた。すると今度は、自分の記憶の中に温かで幸せな記憶があることが許せなくなった。紙に『クラスメイトから告白され、人生で初めての彼女ができた』と書き、こする。『両親に入学祝いで食事に連れて行ってもらった』と書き、こする。『上司に褒められた』『久々に友達から連絡がきた』『朝ごはんが美味しかった』書く、こする、集める、捨てる。
消している最中は、少しだけ何かが痛み、違和感を覚える。だが、消し去れば再び静けさが訪れる。その静けさだけが私の心を癒してくれた。その静けさだけを求めて日々を生きるようになった。
ある日、久々に嫌なことが起きた。どうやら高校の時の友人である真司から飲みに誘われていたのを忘れていたらしく、そんな些細な約束すら覚えていられない自分の愚かさに気持ち悪くなったのだ。 1 時間も遅刻してきた私を真司は怒らなかった。彼はビールを喉に流し込んで、私の方を見た。
「珍しいよな、お前が俺との約束忘れるなんて。また会社で何かあった?」
真司は良い奴だ。こんな私と友人になってくれて、社会人になった今でもこうしてたまに飲みに誘ってくれる。 そんな真司の言葉に私を責める意図が入っているはずがないのに、なんだか、彼が約束を忘れて遅刻した私を軽蔑しているのではないかと思った。「ごめん。最近忙しくしててさ。会社は何もないよ、ほんとに。逆に何にもなさすぎて怖いくらい。」
私は口角を適切な角度に吊り上げた。完璧なはずだったのに、真司は笑わなかった。
「彼女に連絡はしたの?お前が転職するってなったとき、彼女誰よりも心配してたぜ。」私は少し考え、それから言った。
「彼女って誰のこと?」
場を沈黙が包む。真司はなぜか目を見張った後、ビールグラスの水滴を指で拭って、「ああ」とだけ答えた。

2 週間後、再び真司に飲みに誘われた。いつもの居酒屋の、いつもの席。しかし、何かが違った。真司の隣に、同年代くらいのまじめそうな女性が座っている。私を見ると驚いたような顔をした。私は、愛想よく笑ってみせた。なぜだか分からないが、彼女にはそうするべきだと思ったからだ。
「初めまして。真司のご友人ですか?」
私の言葉に、真司が視界の端で顔を歪めたのが分かった。女性は口を開けては閉じ、何かを私に言おうとして、結局やめた。そして、 「ごめんなさい」とだけ言って、真司の制止も聞かずに店を出ていった。真司は頭を抱えて、深いため息を吐いた。私はなぜ彼がそんなふうにするのか分からず、家に帰ってすぐに『今日の飲み会』と書いて消した。
そんなある日、母から電話がかかってきた。ずいぶん長い間会っていなかったので、受話器越しの母の声に違和感を覚えた。
「真司くんからメールをもらったの。新しい会社、うまくいってるんだって?」
「まあ、普通かな。」
「普通が何より!そうだ、この間卵焼きを作ったの。あなたが好きだった、甘い卵焼き。今度時間ができたら帰っておいで。 」
母の言葉は私の胸に突き刺さった。家に帰らない、連絡もしない親不孝な息子に優しい言葉をかける母が、より一層私を惨めにさせた。
「……いつもありがとう」
長い間を空けたのに、結局それしか言えなかった。母は少し笑い、もう一度「おいで。 」と言い、電話を切った。私は紙を取り出した。『母に優しくされた』ザリ、ザリ。聞きなれたいつもの音に、耳に染み付いた母の笑い声が混じって、それから逃げたくて紙が破れるまで消し続けた。
その数日後、今度は真司から電話がかかってきた。いくつか言葉を交わした後、真司は真剣な声で言った。
「何をやってるのかは聞かない。でも、やめた方がいい。絶対に。」
私はその声におかしくもないのに笑いがこみ上げてきて、久々に大きな声で笑った。ひとしきり笑った後、消しゴムを指先で撫でながら
「何もやってないよ」
と呟いた。
それ以上真司が私を追求することはなかった。

老人に再び会ったのは、消しゴムがカケラになった頃だった。私は消しゴムが無くなることを恐れ、ひたすら老人を探した。貯めていたお金を銀行から引き出し、消しゴムを、静寂を買おうとした。炎天下の中、額を伝う汗を拭うこともせず歩き続ける。あの老人と出会った場所だけは、昔のことなのになぜかよく覚えていた。
「今日は暑いですね。この間会った時は冷え込んでいたというのに、全く、時の流れは早いものです。」
後ろから、しわがれた低い声が聞こえた。慌てて振り返ると、そこにはあの日と同じ上質なスーツに身を包んだ老人が立っていた。ロングコートは纏っていない。
「どうでしたか?」
私は少し考えた。
「よく消えます。 」
「ええ、よく消えます。 」
愉快そうに、老人が私の言葉を繰り返した。老人はポケットからあの時と同じ小包を取り出す。 私も急いで鞄から銀行の封筒を取り出し、老人に差し出す。老人は封筒の厚さに目を丸くした後、首を横に振って、封筒を持っている手とは逆の方に小包を差し出した。
「あなたと会うのも今日が最後でしょうから、別れの品として受け取ってください。」
それは困る、これを使い終わったら、次の消しゴムを貰わなければならないのだから。そう言おうとした瞬間、私の意識は遠のいた。

目を開けると、そこには白が広がっていた。見知らぬ部屋ではない。私の部屋だ。頭にモヤがかかっていて、なぜ自分が寝ているのか思い出せない。口内の渇きが不快で、体を起こしてキッチンに向かう。水を体に流し込みながら、ぼんやりと記憶を探る。一体私は、何をしていたのだろう。

ノック音で目を覚まし、反射的に返事をして起き上がる。ドアを開けると、そこには真司が立っていた。彼は驚いた顔をして、私の頭から爪先までじろじろと見た。
「寝てたの?」
私は口を開いた。答えようとしているのに、言葉が出てこない。
「……入っていい?」
真司は私の返事も聞かず、靴を脱ぎ、部屋に上がった。私もその後を追い、自分の部屋を見渡す。部屋はほとんど整頓されていた。唯一机だけが、たくさんの紙と短くなった鉛筆、そして消しゴムのカスで覆われている。真司はそれを一瞥して、私の方を振り返った。
「今日は休みだろ。飯、食った?」
私は首を横に振った。最後に食事をとったのがいつか、全く思い出せなかった。
「近所の定食屋行こうぜ。ほらあの、から揚げが旨いとこ。」
私が答えずにいると、真司は少しだけ強い声で言った。
「行こう。」
私は靴を履き、玄関の鏡に映る自分の姿を見た。そこには、虚ろな眼差しでこちらを見つめる痩せ細った男がいた。

定食屋の唐揚げは、熱かった。熱いだけの味のしない肉の塊は、噛む度に大きな音を立てて主張する。真司はそれを旨そうに食べていた。私は水を飲んだ。水は冷たかった。
「なあ。 」
真司が私を見る。
「お前、何を消したんだ?」
私は箸を置き、真司の顔を見た。真司は、怒っているようで、悲しんでいるようで、疲れているようで、つまり、何かを守りたい人間の顔をしていた。
「……全部。」
私の口から出たその言葉に、真司は目を閉じ、そしてゆっくり開けた。黒い瞳が私を捉える。
「どうして?」
どうして。理由は無数にある。痛みから逃げたかった。恥から逃げたかった。喪失から逃げたかった。期待から、責任から、幸福から。けれど、言葉は出てこない。
真司は、それ以上何も問わなかった。

彼の優しさから逃げたくて、彼の名前を紙に書いた。自分の中に芽生えた罪悪感を拭うように、私はそれを消し続ける。疲れた。何も分からない。自分が何をしていたのか、目の前の
白は教えてくれない。

私の人生のはずなのに、確かに歩んできたはずなのに、何も思い出せない。いや、何もなかったのかもしれない。最初から、生まれたときから、私は空虚な人間だったのだ。すっから
かんで、何もない、がらんどうな人間。

静寂が私を包む。静寂に、身をゆだねる。

親友が自ら命を絶った。繊細でまじめなやつだった。何でもかんでも一人で抱え込む性格だったから、仕事の合間を縫って定期的な飲みに誘うようにしていた。
「一回直ったから、もう大丈夫だと思っていたのに…!」
ハンカチに顔を埋めて嗚咽する親友の母の姿を見ていられなくて、その場をそっと離れる。
廊下に出て窓の外を眺めていると、後ろから女の声がした。
「真司くん。」
振り返ると、そこには親友の元カノの姿があった。別れた男の葬儀に来るなんて相変わらず律儀だなと目を細め、そして思い直した。ああ、彼女は今もあいつのことを愛しているのか。
あいつが気を病んでおかしくなった時も献身的に支え続け、周りからの説得で別れを決めたことも彼女はずっと後悔している。
「…馬鹿だよな、あいつも。こんなに自分のことを思ってくれてる人がいるのに、自分のことを一人だって思い込んで、自分で自分のこと追いつめて。」
唇を噛む。強く噛みすぎたのか、血がうっすらと滲み、鉄の味がした。隣で彼女が俯くのが見え、俺は息を吐いた。親友は、恐らく断片的な記憶障害を抱えていた。本人はそれに気づ
いていなかったが、思い返せば違和感は去年からあった。超がつくほどのまじめなのに何週間も前に決めた約束を忘れて遅刻してきたり、長年付き合って同棲までしていた彼女の存
在を忘れてしまっていたり。最初は薬物でもやっているのかと疑っていたが、今思えば、それも鬱の症状の一つだったのだろうか。
どうしても親友の死を受け入れられなかった。数日前外に連れ出した時感じた違和感を、もっと大切にするべきだった。目を離さずに側にいるべきだった。親友の死は自分のせいだと
思わずにはいられない。涙を堪えて鼻をすすり、火葬場に行ってしまう前にもう一度顔を見て謝ろうと、冷たくなった親友の元へ向かう。棺の中には、彼が忘れてしまったであろう思
い出の写真の数々が置かれていた。ふと、その中にそぐわない物に目が留まる。それを手に取り、側に座っていた親友の父親に声をかける。
「あの、これって何ですか?なんで棺の中に…」
「ああ…それは、あの子が亡くなる時にずっと握りしめていたらしいんだ。何でかは分からないけど、大切なものだったのかもしれないと思ってね。」
その言葉に疑問を抱き、手に収まったそれを見つめる。
「なんでこんなのを握ってたんだ?」
白い消しゴムが、手の中で重くなった気がした。

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